デス・オーバチュア
第69話「天使、刀に生き、刀に倒れ、目覚めるは神の鳥」




地上に堕ちてから、もっとも惹かれたモノ。
それは美しい薔薇の花でも、明るい太陽の光でもない。
刀。
カタナ。
特に極東刀と呼ばれる、極東の地でのみ作られる人を危めるための刃だ。
無骨な剣のように力と重さで叩き切るのではなく、速さと技で断ち切るための武器。
その鋭さ、その輝き、その美しさ、その儚さ……全てが私を魅了したのだ。
私は自分の技量をみがき、同時に刀から儚さ……脆さを取り除く。
儚さもまた刀の魅力ではあるのだが、このままでは多くの相手を斬ることに使えない、普通の刀はどんな名刀だろうと、数人も人を斬れば、人の油で切れ味を無くし、やがては折れてしまうのだ。
ゆえに、私は美しさや鋭さをギリギリまで犠牲にして、とても丈夫な刀を打ち上げる。
そして、その刀の刃に自らの闘気と気勢を込めて、刃ではなく、『気』で斬ることにして、何百、何千、人を斬ろうと折れない刀と剣術を生み出したのだ。



マルクトの刀は疾風。
爆発や雷のような威力や力強さはないが、どこまでも速く、鋭い。
常人ならその刃を目視することもできず、自分が斬られたことも認識できない速度。
現に今まで、マルクトの一太刀を受け止めるどころか、目で捉えることができた者さえ、マルクトが斬り殺した人間の中には一人も居なかった。
一人一太刀。
必ず一太刀で相手を斬り捨てる。
それが今までのマルクトの戦闘スタイルだった。
しかし、今度の相手は違う。
青い着物の女は、小さな一本の短剣だけで、マルクトの疾風の刃をすでに数百回以上、受け流していた。
「くっ……」
マルクトが後方に下がり、一度間合いを離す。
青い着物の女……リンネはその隙を狙って攻めてくることはなかった。
それは正直有り難い。
無呼吸……休むことのない連撃をこれ以上続けることはできず、一呼吸する必要があったからだ。
たった一度の呼吸。
これでまた数百発近く連撃を放つことができるのだ。
いつもならこんな戦い方はしない。
逆に一呼吸に合わせた一太刀を必殺の一撃で放つのが基本だった。
だが、それは『必殺』であるゆえに、危険を伴う。
必殺の気勢と闘気を込めた渾身の一撃、それは威力と引き替えに、かわされたり、受け止められたりした際に、致命的な隙を生むのだ。
必殺の一撃の後には一瞬だが、絶対に動きが止まる。
これはどれだけの実力を持ち、どれだけの修練を積もうと防ぐことはできない、寧ろ必殺の一撃に威力があればあるほど、この隙は長くなるのだ。
「ふふ……普通の刀ならもう何百本折れたでしょうね」
リンネは楽しげに呟く。
「…………」
最初の一太刀、刃を交えた瞬間に嫌でも解った。
リンネは、マルクトの初太刀にして必殺であった一撃をあっさりと受け止めたのである。
けれど、リンネはなぜかマルクトが必殺の一撃の後にさらしてしまった隙を突いてはこなかった。
だからこそ、戦いはいまだに続いているのである。
もしリンネにあの隙を突く気があったのなら、その瞬間、決着はついていたのだ。
「なぜ、受けるだけで打ってこないのですか!?」
マルクトは攻撃を続行しながら、リンネに尋ねた。
「ふふ……あなたの手の内が見たいからでどうかしら? 私はあなたが今まで斬り殺した無力な人間とは違うのよ。せっかく戦うのだから、あなただけの能力や技を見せて欲しいのよ」
「っ……そういうことですか!」
マルクトは後方に飛び間合いをとる。
マルクトは今のリンネの発言で確信した。
この女は楽しみたいのだ、この女にとっては戦いもまた娯楽に過ぎない。
だから、倒し方に拘ったり、相手の技を見てから倒そうなどと考えるのだ。
ふざけている。
真の剣士……いや、戦士の考え方ではない。
戦いとは、相手を殺し勝利を得るための手段であり過程だ。
過程や手段に拘るなど戦士として半人前……。
そこまで考えてマルクトは苦笑した。
考えてみれば、自分も他人のことは言えない。
刀で戦う、殺すという行為に何よりも拘っているのは自分だ。
天使としての力や特殊能力を使わずに、刀だけで戦うことで……実力的に格下である人間達と戦う際に、彼等に自分を倒せる可能性……チャンスを与えるなどという見下した行為が癖になっていたのである。
戦い方に手段を選ばないのが真の戦士だというなら、天使としての超常の力で相手を瞬殺する兄こそ真の戦士かもしれなかった。
少なくとも刀での戦闘スタイルに固執する自分よりは……。
「……いいでしょう。それがお望みなら、剣士ではなく、堕天使マルクト・サンダルフォンとしてお相手になりましょう!」
マルクトは銀色の片翼を羽ばたかせ、空高く飛翔した。
「降れ、裁きの炎よ!」
マルクトが地上のリンネを指差した瞬間、天から巨大な白炎が落ち、リンネを包み込む。
「ふふ……裁きの炎、メギドファイアですか」
心地よい空を切り裂く音が聞こえたかと思うと、白炎が消滅し、無傷なリンネが姿を現した。
短剣を持った右手と違い、無手だったはずの左手にいつのまにか青紫の長剣が握られている。
青紫の長剣は一般的な長剣に比べてかなり長かった。
長すぎて使いにくいのではないこと思えるほどに。
「……二刀流ですか……」
マルクトは瞬時に判断した。
自分のメギドの火はあの長剣の一振りであっさりと切り裂かれたのだと。
その上、本来のリンネの剣術のスタイルは二刀であり、今までは短剣だけを使い……実力の半分で戦っていたのだ。
「はああああああっ!」
マルクトの体中から白い光が溢れ出す。
「天罰!」
マルクトは白い光を両手だけに集めると、勢いよく撃ちだした。
「天罰……要は闘気を集め、練り上げ、高め上げ、撃ちだしているに過ぎない。人間の闘気砲の類と理屈は変わらない。ただし、天使の神聖な気は人間の闘気の数百倍から数千倍の威力があるのだけど……」
リンネは長剣と短剣を交差させる。
そして、リンネは剣を盾代わりにして真っ正面から白い閃光を受けきった。
「天罰の直撃に耐える剣……聖剣、魔剣の類ですか!?」
「いいえ……」
言葉の途中でリンネの姿が消える。
「……神剣よ!」
言葉の続きはマルクトの背後から聞こえた。
衝撃。
マルクトが振り返るよりも速く、リンネの長剣がマルクトに直撃する。
マルクトは墜落し、地上に激しく叩きつけられた。
「ぐっ……斬られていない!?……剣の背で打ったのですか……どこまで、私を侮辱すれば気が済むのですか、貴方は!?」
マルクトは勢いよく立ち上がると、刀を正眼に構える。
「ふふ……私はあなたの全てを見るまで、あなたを倒したくないの……それだけよ」
「それが侮辱だと言うのです!……神鳴る力を我に!」
夜の空を切り裂くように、白い稲妻がマルクトの剣に落ちた。
白い稲妻はマルクトを感電させることなく、マルクトの刀だけに白光として留まっている。
「神雷付加……魔力付加の延長線のような能力ですね」
「参るっ!」
マルクトは跳躍すると一瞬で、宙に浮かぶリンネの眼前に移動完了した。
そのまま迷うことなく神雷を纏った刀を振り下ろす。
「なっ!?」
血を吹き出したのはリンネではなくマルクトだった。
胸から勢いよく赤い鮮血を吹き出しながら、マルクトは再度地上に落下していく。
今、何が起きた?
マルクトは斬られた瞬間の出来事を思い返す。
受けられ、斬られた……とても単純、単純すぎる出来事だった。
マルクトの神雷の刃の一撃が短剣で受け止められた瞬間には、すでに長剣によってマルクトの胸は切り裂かれていたのである。
一刀で受け、もう一刀で斬る、二刀流の基本中の基本だ。
それをこうも完璧に再現されてしまうとは。
「くっ……」
マルクトは地上に激突する寸前で翼を羽ばたかせ、再びリンネを目指して飛翔した。
「ふふ……今ので解ったと思いますけど、二刀の私相手に普通に剣術で勝負などという興醒めなことはやめてくださいね。あなたの剣術はもう見飽きる程見せてもらいましたので」
リンネは戦闘中とは思えない妖艶な笑みを浮かべる。
「解っています。普通に打ち合っては貴方には勝てない……いいえ、打ち合うことさえ、私には不可能だということが……っ!」
またしても自分は見逃されたのだ。
このリンネという女は、首を跳ねることができたのに、わざと胸を浅く切り裂くだけにとどめたのである。
マルクトが奥の手を出す前に殺してしまわないように……。
「確かに貴方は強い……強すぎる……けれど、わざと倒す機会を見逃すというのがどれだけ相手を舐めた行為か! 相手を侮辱する行為か! その身で知ってください!」
マルクトは右手で、腰に差したままだった刀の鞘を引き抜いた。
左手に刀、右手に鞘を持ち、両手を鳥の翼のように大きく広げる。
「ふふ……まさか、その鞘を刀代わりにあなたも二刀流をするというのではないでしょうね?」
リンネは楽しげに妖艶な笑みを深めた。
プレゼントの箱から何が飛び出すのか? 子供のような好奇心に満ちた眼差しでマルクトの次の行動を待っている。
「半分当たりで半分外れです!」
マルクトの体から先程の天罰の時のように白い光が溢れ出した。
「はああああああああああああああああああっ!」
白い光の量と激しさが際限なく高まっていく。
自分が今、隙だらけなことはマルクトは自覚していた。
だが、このリンネという女は絶対に今は攻撃してこないだろうということも解っている。
なぜなら、この女はこれから自分が起こすことを期待しているからだ。
自分に最大の技を使わせるために、いままでわざと見逃してきたのである。
いまさら、技を放つ前の隙を狙うなどというせこいまねをするはずがないのだ。
「望み通り見せて差し上げます……我が真の姿……」
限界なく量と輝きを増し続ける白い光の中に、マルクトの姿がかすれていく。
白い光は膨張するように広がり続け……。
「ふふ……流石は第五天マティの支配者サンダルフォン……いったい天使何万、何億分の神聖気を持つのか……」
リンネの表情から初めて余裕が消えた。
といっても、焦ってるわけでも、恐れているわけでもない、寧ろ期待に満ち溢れた表情で膨張する白い光を見つめている。
マルクトを飲み尽くした白い光は膨張を続け……ついに弾け飛んだ。
「むっ!」
白き閃光の爆発。
その衝撃がリンネを吹き飛ばす。
辛うじて体勢を立て直して地上に着地したリンネは、天空を見上げた。
「なるほど……鳥を監督する天使でもありましたね、サンダルフォンは……」
戦い始めたのは宵闇の頃、そして今は夜といってもいい暗さになりつつあったはずである。それなのに、真昼のような明るさがリンネを照らしていた。
「そして、天使最大の巨躯であるメタトロンに次ぐ巨躯、人間が足から頭に辿り着くには500年かかるという背の高い天使……」
リンネは地上を照らす光源に視線を凝視する。
そこにあったのは白い太陽……いや、太陽のように巨大な白い鳥。
無限ともいえる白い閃光を放ち続ける巨鳥、より正確に言うなら白い閃光で創り上げられた巨鳥だった。











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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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